横浜の中心地の地名は、調べてみるとその由来などなかなかおもしろいものが多い。

一般的に、地形や地理による地名が多いのではないでしょうか。
山、谷、川や海、台地などなどに由来するものですね。

あと、その地の文化的な役割、例えば寺社や役所、施設などがあったことを示すものであったり。

そして、その土地の有力者の名前が付いている場合もありますね。

吉田新田と吉田勘兵衛

関内駅から福富町・野毛方面に行くと、吉田町があります。

そもそもこの辺り一帯、大雑把に言うと大岡川と中村川に囲まれた地域は「吉田新田」と言われてます。
横浜の学校では社会科の授業で必ず習う名称です。

江戸時代に、入江だったこの一帯を埋め立てて新田を開発したのが吉田勘兵衛さん。

詳細は省きますが、そんなわけでこの新田は吉田新田と名付けられます。
(詳しくはウィキペディア他で)

ですから、このエリアでは「吉田」は特別な意味があり、吉田町をはじめ吉田と名の付くものがたくさんあります。
ま、単に地名から来ている場合もあるでしょうけど。

高島町と高島嘉右衛門

西区には「高島」というところがあります。

町名としては高島ですが、高島町(たかしまちょう)と呼ぶことが多いですね。

駅名にもなっています。
市営地下鉄には高島町駅がありますし、かつて東急東横線にも高島町駅がありました。
みなとみらい線の駅は新高島駅。

もちろんこの辺りの地名が高島だからではあるのですが、地名の由来は、開港直後このエリアの開発に尽力した高島嘉右衛門さん。

この方も、横浜開港時や明治初期の横浜を語る上で最重要人物のひとりですね。特に鉄道を敷設するにあたり、横浜港の埋め立て工事を指揮したことは偉業中の偉業。

また、神奈川宿近くの高台には高島家のお屋敷があり、埋め立て工事の指揮を取った場所でもあるこの地は、高島台(神奈川区)という地名になってます。

平沼や伊勢佐木も…

吉田、高島の他にも、平沼(西区)は平沼九兵衛から、岡野(西区)は岡野勘四郎、伊勢佐木町は、伊勢屋中村治郎兵衛、佐川儀右衛門、佐々木新五郎の名前からついた地名。

いずれもその地域の開発や発展に貢献された方々にちなんで付けられたもの。
地名に歴史あり、地名の影に人あり、ですかね。

横浜三名士

ちなみに、上記の吉田勘兵衛と高島嘉右衛門、それに保土ケ谷宿の本陣当主であり、初代横浜総年寄として開港と横浜道(よこはまみち)の建設に尽力した苅部清兵衛さんを加えた御三方は、横浜三名士と呼ばれています。

保土ケ谷橋近くには保土ケ谷宿本陣跡があり、苅部さんは今も当地にお住まいとのこと。

いやはや、調べ出すと知らなかった興味深いことが次々と出てくるのでなかなかまとめるのが難しくなってしまいますね。

人名由来以外の地名の話題はまた別の機会に。