2020年 6月 の投稿一覧

阪東橋はどこだ?

阪東橋

ブラタモリでタモリさんは言いました。

「地名というのは土地の記憶なんですよね、本当は変えちゃいけないんですよ」

横浜でよく知られた地名(行政上の地名のみならず)には、「何で?」と疑問を持つものが多数あります。

とは言っても地名ですから、逆に何にも疑わずそういうものとして認識している場合も多いのですが。

阪東橋はどこ?

横浜市営地下鉄の駅にも、首都高速狩場線のランプにも、バス停にも、交差点名にもなっている「阪東橋(ばんどうばし)」。

でも私、横浜に住み始めて35年ほど経ちますが、「阪東橋」という「橋」を見たことがありません。

かつてあった橋の名前であることは容易に理解できましたが、いったいどんな橋だったのか……、ふとそんなことを思うことがあります。

阪東橋のあったところ。大通り公園の地下鉄阪東橋駅、首都高阪東橋ランプ付近。

ネット上をはじめ、かつてあった阪東橋の姿を探してみたのですが、意外と見つからないんですよね。

4月に発売になった神奈川新聞社と横浜市の協働編集誌「横濱」2020年春号の特集は「市電」。

その中に、昭和44年の阪東橋の姿が!

今はなくなってしまったけど、橋の名前を残す場所も訪ね歩いてみたいと思ってます。

吉田勘兵衛と高島嘉右衛門

横浜の中心地の地名は、調べてみるとその由来などなかなかおもしろいものが多い。

一般的に、地形や地理による地名が多いのではないでしょうか。
山、谷、川や海、台地などなどに由来するものですね。

あと、その地の文化的な役割、例えば寺社や役所、施設などがあったことを示すものであったり。

そして、その土地の有力者の名前が付いている場合もありますね。

吉田新田と吉田勘兵衛

関内駅から福富町・野毛方面に行くと、吉田町があります。

そもそもこの辺り一帯、大雑把に言うと大岡川と中村川に囲まれた地域は「吉田新田」と言われてます。
横浜の学校では社会科の授業で必ず習う名称です。

江戸時代に、入江だったこの一帯を埋め立てて新田を開発したのが吉田勘兵衛さん。

詳細は省きますが、そんなわけでこの新田は吉田新田と名付けられます。
(詳しくはウィキペディア他で)

ですから、このエリアでは「吉田」は特別な意味があり、吉田町をはじめ吉田と名の付くものがたくさんあります。
ま、単に地名から来ている場合もあるでしょうけど。

高島町と高島嘉右衛門

西区には「高島」というところがあります。

町名としては高島ですが、高島町(たかしまちょう)と呼ぶことが多いですね。

駅名にもなっています。
市営地下鉄には高島町駅がありますし、かつて東急東横線にも高島町駅がありました。
みなとみらい線の駅は新高島駅。

もちろんこの辺りの地名が高島だからではあるのですが、地名の由来は、開港直後このエリアの開発に尽力した高島嘉右衛門さん。

この方も、横浜開港時や明治初期の横浜を語る上で最重要人物のひとりですね。特に鉄道を敷設するにあたり、横浜港の埋め立て工事を指揮したことは偉業中の偉業。

また、神奈川宿近くの高台には高島家のお屋敷があり、埋め立て工事の指揮を取った場所でもあるこの地は、高島台(神奈川区)という地名になってます。

平沼や伊勢佐木も…

吉田、高島の他にも、平沼(西区)は平沼九兵衛から、岡野(西区)は岡野勘四郎、伊勢佐木町は、伊勢屋中村治郎兵衛、佐川儀右衛門、佐々木新五郎の名前からついた地名。

いずれもその地域の開発や発展に貢献された方々にちなんで付けられたもの。
地名に歴史あり、地名の影に人あり、ですかね。

横浜三名士

ちなみに、上記の吉田勘兵衛と高島嘉右衛門、それに保土ケ谷宿の本陣当主であり、初代横浜総年寄として開港と横浜道(よこはまみち)の建設に尽力した苅部清兵衛さんを加えた御三方は、横浜三名士と呼ばれています。

保土ケ谷橋近くには保土ケ谷宿本陣跡があり、苅部さんは今も当地にお住まいとのこと。

いやはや、調べ出すと知らなかった興味深いことが次々と出てくるのでなかなかまとめるのが難しくなってしまいますね。

人名由来以外の地名の話題はまた別の機会に。

「あぶない刑事」と「プロハンター」の罪

横浜を舞台にしたドラマや映画はたくさんありますね。それこそ数えきれないくらい。

その中でも世代的に一番影響を受けたのがプロハンター(1981年)とあぶない刑事(1986年〜)。

プロハンターは、馬車道にあるM&R探偵社の二人の探偵、水さん(藤竜也)と竜崎(草刈正雄)、そしてあぶない刑事は、タカ(舘ひろし)とユージ(柴田恭兵)の港署の刑事が主人公。

まぁ何て言うのか、若かりし頃はこういう奔放さとか、人間臭さとかがカッコよく思えたもので。

で、最近になってシリーズ全話が入ったDVDを購入。

ストーリーや当時の横浜の街並みや風景を懐かしみつつ、この30年40年の自分を振り返ってみたりすると、やっぱり思うわけです。

その影響は何年経ってもあり続けていて、これまでなんとなく自由奔放で人情味がある生き方を選択してきてるのかなと。

罪な作品ですな(笑)

初代港署のロケ地(横浜海技専門学院)
プロハンター
M&R探偵社の入っていた馬車道太田町の建物は、建て替わって生香園新館に

ハマスタ(横浜スタジアム)に灯が!

今年(2020年)は、もしかしたらシーズンそのものが中止になるんじゃないかとさえ思っていましたよ。新型コロナウイルス(COVID-19)の影響でね。

あ、プロ野球の話です。

オリンピックや高校野球、いろんなスポーツイベントが開催中止になってるし、年間イベントっていうかシーズン制のプロスポーツなどは、シリーズが成り立たないこともありますしね。

それでも、なんとか緊急事態が解除され、いよいよ6月19日(金)に開幕となりました。無観客ですが。

前日の18日に横浜スタジアムの近くを通ったら、何ヶ月ぶりかで照明灯に光が!

なんだかね、ちょっと泣きそうになりましたよ。
感慨深いというのか……。

お客さんが入るようになって、賑やかなハマスタが早く戻ってきて欲しいなあ、って心の底から思いました。

今年はベイスターズをしっかり応援しよう!とも。

開幕戦は、スタジアムの外に熱烈なファンの人たちが集まるのかな?

よこはま・たそがれ と 伊勢佐木町ブルース と 港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ

前記事で、ブルー・ライト・ヨコハマを取り上げましたが、横浜にはご当地ソングというか、横浜をテーマにして歌われた曲がたくさんあります。

横浜 – 神奈川県のご当地ソング一覧 – ウィキペディア

自分の知っている曲、よく聞いた歌もあれば、全く知らないものもあります。

まずはよく知っている3曲から。

ブルーライト・ヨコハマ同様、子供時代によく耳にしたのが、五木ひろしの「よこはま・たそがれ」(1971年)。

「たそがれ」って言葉の意味もよくわからなかったけど、ホテルの小部屋はなんとなく目に浮かんでた。

そして青江三奈の「伊勢佐木町ブルース」(1968年)。

「あぁん、ぁあん〜」「ドゥドゥビ、ドゥビドゥバ〜」は、子供はあんまり聴いちゃいけない歌かな、なんて思ってましたね。

今聴くとなんとも言えない昭和の香りと大人の色気。そしてこんな艶っぽい歌は今はほとんで耳にすることがないなぁ。

「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」ダウン・タウン・ブギウギ・バンド(1975年)もヒットしたし、大好きでラジカセに録音して何度も聴きました。
「ハマ」という言葉しか出てこないけど、少年時代の自分には、横浜と横須賀、そしてオトナの男女の「何か」を感じた曲でした。

他にもたくさんあるので、聴いたことのない曲もあらためて探して聴いてみたい。
ネットのおかげで探しやすくなったしね。

ブルー・ライト・ヨコハマ

1968年12月に発売された、いしだあゆみの代表曲であり、横浜ご当地ソングの代表曲。

母曰く、幼き自分のお気に入り曲だったらしい。

今でも好きな曲だし、横浜の景色(昭和のかな?)が浮かんでくるし、カラオケでもよく歌う曲だ。

この曲の製作エピソードが紹介されたネット記事を見つけたのでリンクしておこう。

TAP the POP

筒美京平の作曲で、作詞はグループサウンズ時代に最も売れたという橋本淳。
その橋本淳の作詞にまつわるエピソード。

もともと海や港から「ブルー」のイメージはあったと思うが、やはり横浜の「ブルー」のイメージは、この曲で決定付けられたと思う。

私の横浜への憧れ(郷愁のような不思議な感覚)はこの曲から始まったことは間違いない。

このブログのタイトルもカタカナの「ヨコハマ」にしてるのもそのせいだな。